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第三章~自分を見失い孤立した高校時代~

エリートたちに囲まれて

入学した高校は当然のごとく優秀な生徒ばかり。

僕の学年は現役合格数で

東京大学9人
名古屋大学70人弱

という人たちでした。

(僕の同級生の女子生徒が、「第2の菊川怜か?」と
東大新聞に載ったという噂も聞きました)

東大に落ちて慶応、とか
「勉強全然してなくて」と言いつつ早稲田、とか
偏差値60の大学に落ちた人を馬鹿にする

というような高校でした。

そんな中、僕はひたすら

授業中、トイレに立たずに
無事に座っていられますように

ということだけを考えて過ごしていました。

それでも「少しでも楽になれれば」と
高校1年の11月ごろに精神科を受診しました。

そこで薬を処方されたのですが
この副作用で、眠くて眠くて仕方がなくなってしまいました。

みんなが起立しているのに僕だけが机に突っ伏していて
「いつまで寝てんだよ(笑)」と笑われたこともあります。

そんな感じなので、授業に集中することも出来ず
成績は真ん中くらいをウロウロしていました。

それでもギリギリやって行ったのですが
高校3年の時に事件が起きます。

卒業アルバム事件

「僕の主治医が名古屋から滋賀に帰ってしまった」

とのことで、僕の母親が心配して
「先生を追いかけよう!」と僕を滋賀まで連れて行ってくれました。

しかし、その日がちょうど
卒業アルバムの写真撮影の日だったのです。

そしてさらに担任の先生が
「ズル休みしてるんじゃないぞ」と氣を利かせてくれたのか

「今日、彼は滋賀の病院に行っていて欠席だ」

と、朝にクラスメイトに言ってしまったようなのです。

僕が滋賀の病院の待合室にいるときに

「今、どこにいるの?何してるの?」
とクラスメイトからメールが来ました。

何も知らなかった僕は
「滋賀の病院に来てるよ」と返したのですが

多感な高校生からすると

どこも身体が悪そうではない彼が
わざわざそんな遠くの病院に行くなんて…?

と、想像を働かせたのでしょう。

次の日、学校に行くと

「ねぇねぇ、村田くん!
昨日はどこが悪くてそんな遠くの病院に行ってたの!?(ニヤニヤ)」

と、クラスのムードメーカー的な存在に聞かれました。

何て答えたかは覚えていないのですが
そこから、クラスメイトとの心の距離が離れた気がしました。

当時、僕はトイレと強迫観念のことを氣にしてばかりで

「自分が何を感じているのか」
「周りがどう感じているのか」ということを
考える余裕が全くありませんでした。

そのせいで、人とうまくコミュニケーションが取れませんでした。

自分のことをガーーーッと話し過ぎてしまって
相手が引いてしまうことが多かったのです。

それから「あいつはちょっと変な奴」
という対応を取られることが増えていきました。

中学のころとは大きく人間関係が変わってしまったのです。

みんな、そんな僕の言動を見ていて
かつ、その卒業アルバム事件があったことで

お前とは関わりたくない

というオーラを僕に向けているのを肌で感じて
ピリピリした空気が僕を追い詰めていきました。

次第に朝起きるのが辛くなって行き
学校を休んで、近所の小学校のブランコに座っていたこともあります。

模擬試験の日の朝にお腹が痛くなり
親と「行きたくない!」「行きなさい!」「嫌だ!」というやり取りをして

「もう、勝手にしなさい!」
と言われた瞬間に、痛みが無くなったこともあります。

不登校の子どもにありがちなヤツですよね。

5月、6月はほとんど学校に行かず
勇気を振り絞って久しぶりに学校に行くと

机の中に数学のプリントが
ぐしゃぐしゃに詰め込まれていました。

どんどん、置いていかれているんだな…
でも、この教室には1秒でも長く居たくない…

そんな気持ちが頂点に達して
夏休みになったころ「高校を辞めたい」と母親に言いました。

当然、母は

「お願いだから卒業だけはして欲しい。
今辞めたら後悔するのは自分だよ!」と僕を止めました。

そんなやり取りをしながら、ふらふらと夏の補習に行くと
クラスメイトは秋の文化祭のやり取りをしていました。

そこに僕が近づくと

「あ…村田くん、おはよう…」

と言われました。

その時、僕はクラスメイトとの
心の壁をハッキリと認識しました。

なぜかというと

その生徒は、1学期の時
僕のことを呼び捨てで呼んでいたからです。

背面黒板の落書き

また、印象的なエピソードもあります。
ある時、教室の背面黒板に落書きがしてありました。

タイトルは

【このクラスが一つの村だったら】

男子生徒は、消防士。
女子生徒は、お花屋さん。

などなど、それぞれの生徒のイメージに合わせて
書いた人の主観で職業が書かれていました。

無意識に僕も自分の名前を探したのですが
なかなか見つかりませんでした。

やっと隅っこの方に見つけたと思ったら
そこに書いてあった職業に、雷が落ちたようなショックを受けました。

そこには

町医者

と書かれていました。

僕は医学部に行けるほど
学力があったわけではありません。

だとすると

僕に「医者」という職業を割り振るのは
卒業アルバム事件のイメージをそのまま書いたのだろう…

と思うのに時間はかかりませんでした。

僕はチャイムが鳴るのも構わずに
夢遊病患者のようにフラフラと教室を出て行きました。

向かった先は保健室でした。

最初、保健室の先生は仮病かと思ったらしく
「早く教室に戻りなさい!」と僕を追い返したのですが

再び保健室に行ったときに違う先生が対応してくれて
僕の表情に何かを感じたのか、僕が気持ちを全部話すと

「辛いときには保健室に来ていいからね」

と言ってくれて、救われた思いがしました。

そんな中、何とか高校も卒業。
受験勉強なんか満足に出来るわけもなく
浪人することになりました。

現役時代は理系でしたが
現役時代には心理系に進もうと思っていたので
予備校では文型として登録しました。

「辛かった高校を卒業すれば、あとは自分との勝負だ!
 ここから新たな生活が始まるんだ!」

と、僕はとても晴れやかな気持ちでいました。

序章~恵まれていた少年時代~

第一章~心が悲鳴を上げ始めた~

第二章~強迫神経症発症~

第三章~自分を見失い孤立した高校時代~ ←いまここ

第四章~自分の心を見失った浪人時代~

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